2013.01.13 同行二人
同行二人(どうぎょうににん)について
遍路をしている時にひとりで巡拝していても常に札所ご本尊がともにいるという考え。

四国霊場の場合は特に弘法大師と常に一緒であると考えます。
その象徴として金剛杖は弘法大師そのものとされ、遍路は杖を大切に扱う責任を負います。
遍路は複数であっても「個人対大師のふたりである事」を忘れてはいけません。

金剛杖


弘法大師は入定される2年7ヵ月前に「万燈会」という法要を実施されました。
その際の「願文」という文章で「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば、我が願いも尽きなん」と述べられました。大地も衆生も悟りも無限であるからなくならない。同様にわたしの願いである「苦しみから解放し、救いの手を差し伸べる意志も永遠に終わらない」という表現です。お大師様は常について来てくださる。このことを忘れずに巡拝し精進したいものです。
わたしたち先達はお大師様のご意志を受け継ぎ、それを助ける役目を果たす存在でなければならないと感じています。

修行大師1



遍路修行は難解な書物を読んだり、難しい経典を解釈して常人が及ばない苦行を積むという事は求められていません。しかし霊場を巡拝するという行為は、一時的にせよ聖域への現世離脱的な行為といえます。
それには一定の装束を身にまとい、霊場の本堂・大師堂においては読経結縁し、ご本尊とお大師様にご縁を結ぶこと、そしてその印として納経帳に納経印をいただく事がその骨格をなしています。
装束を整える事は「心」を整える事に通じ、読経結縁はそれぞれの霊場の霊験あらたかな御仏にお経を受け取っていただく事になります。読経は声読、黙読に関わらず大事な行為です。決して削ることのないように心がける事が大切です。納経を受けることはご本尊、お大師様に代わって寺院から参拝のお印としていただくものであります。

最近の遍路は時間を気にする余りにそれらを見落としがちですが、もう一度、巡拝当初の気持ちに立ち返り、精進していただきたいと思います。

修行大師2

お大師様はきっとそれらをご覧になっておられます。





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