お礼参りについて

八十八ヶ寺を参拝した後に「お礼参り」と称して、1番にお参りするとか高野山にお参りするとか言う事をよく耳にしますが、霊場会の立場はもう一度全札所(八十八ヶ寺)を巡拝する事が望ましく、それがお礼参りになるとの見解です。これは過去、関西先達会研修会で議題に挙がった事例であり、正式に霊場会としての回答をいただきました。当時の回答者は常務理事・清滝寺のご住職です。

お礼参りは、いつの頃からか言われるようになりましたが、徳島の方は10番~1番までお参りする・・・なんて言う方がいらっしゃいますが、それは根拠が全くありません。

また巡拝前に「1番札所で納経帳を買う」と、末尾にお礼参りと称するページが実在しますが、これは少々行き過ぎた行為であると思います。わたしの納経帳は他所で購入したために末尾にそのようなページは存在しません。仮にそれが霊場会の総意であるなら、すべての納経帳に該当ページが存在するはずです。

過去、わたしが何巡目かの巡拝を終えた後で、一番札所で指摘を受け末尾にお礼参りのページを作り、一時期はそれが正しいと信じていた事があり、実際にお礼参りのご朱印を頂いていた事が十回ほどあります。
 ある時に高知の複数の札所で「これは何ぞ?」と問い質され、お礼参りなど存在しない由の説明を受けました。
以来、お礼参りのページには重ねご朱印は頂くことを止めました。
今でもたまにそのページをチェックされ、言葉はありませんが「押してないな」という確認をされたりします。

次に高野山にお参りするという事についても、前述の通りであり、霊場会の公式な見解の中には含まれません。
納経帳の巻頭には高野山のページがある事から、これはお礼参りという事ではなく信仰心からお参りするという事が正しいかと思います。

高野山はその存在自体が荘厳であり、いつお参りしても心が洗われる気がします。
巻頭にある高野山のページがいつまで経っても真っ白なのは、気が引けるような感じは否めませんね。
いつかは行きたい。奥の院でお大師様とお話しがしたい。
高野山とは、そういう場所だと思います。


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