四国霊場第70番札所本山寺五重塔解体修理に伴う現地説明会(その2)。

コンセプトは100年、150年後の次世代にこの塔をいかにして無事に引き継ぐか?です。
そして100年ぶりに解体されたことで分かってきた事を生かしながら次世代に技術を伝えるか?です。

明治の混乱期(日露戦争など)においては三重上棟のあと、資金難により建設がしばらく中断した塔は、明治43年に完成を見ます。江戸時代の塔婆建築を継承しつつ、明治期ならではの技を付加された技術の粋が詰まった塔でもありました。


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1)懸垂工法の心柱
この塔の特徴は、地面まで伸びずに2階(2重)で心柱が止まっていること。その心柱は宙ぶらりんの状態でなく、重量箱と呼ばれる箱が土台となり固定されていること。その重量箱の中には檀家や信徒が納めた経石が詰まっていたことなど
2)1階(1重)の心礎(=心柱の延長線上)の地面には穴が掘られ、出てきた甕の中から経石、カスガイ、地鎮祭で使う鎮檀具などが納められていたことなど
3)垂木の固定は、旧日本軍施設建設(洋風明治建築)に見られた「ボルト」で固定されていたことなど
4)相隣や風鐸がほかの五重塔建築に見られない珍しい形をしていることなど


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まさかこのような珍しいものであるとは思いもしませんでした。
善通寺の五重塔に比べて外観はどっしり感がないように漠然と感じていましたが、内側にはすばらしいものが隠されていたのです。外観ばかりに気を取られているようではダメですね!

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説明会では、各所に関係者が立ち見学者の質問に答えてくれたり、所々の部位に名称が貼り付けてあり、素人のわたしにもわかるようになっていました。本当にすばらしい機会を与えていただき感謝です。

わたしの記憶に残った見学会は、ここで得た知識が基準となることで他の仏教建築と比べることができるのです。
そういう意味において、「行って良かった」見学会となりました。

まぁ仮に忘れたとしても、懇意にさせて頂いている副住職がまた教えてくれるはずですし・・・(笑)



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