四国霊場第70番札所本山寺。

四国88ヶ所に4基しかない五重塔のうちの1基が本山寺にあります。
香川県三豊市の原付バイクのナンバープレートにもデザインとして採用され、それは地元のシンボルでした。

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平成28年6月5日は現地見学会であり、多くのお遍路さんで賑わうだろうと予想していました。
その日は一般遍路を伴い、先達として札所を案内していたためにほかの札所を巡拝しながらの本山寺。

受付の時間に行けば十分に見学できるだろうと思っていたら、他の先達仲間から一本の電話が入りました。その内容は「とんでもない行列が出来ている」というものでした。そして本山寺に着き、受付に行くと目の前にはとんでもない行列が出来ていました。
11時(2回目)の見学会に参加ために10時半に着いた時には、13時半(3回目)の受付しか残っていませんでした。行列を見回すとお遍路さん以外の一般の方の姿が目立ち、さすが地元のシンボルの事だけはある!と再確認しました。

結局、わたし達一行は他の札所に巡拝することにして、15時(最終回)からの説明なし見学会に参加。
(1回目~3回目は客殿でいろいろ説明があったらしい)

ただラッキーなことに、余りの反響に説明者2名が残り、その説明が15時(最終回)からでも聞くことができたことでした。


この見学会で分かったことをブログで公開したいと思います。
まず「相隣(そうりん)」について。
五重塔の一番先っぽに付いているものが相隣。普段は何の気なしに漠然と見ているだけでしたが、これが珍しい形をしていることが分かりました。そして実物が客殿の前に展示中なのです。

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写真のように相隣には宝珠に火焔(ひえん=炎)が付いていて、他の塔にはない形をしています。
(善通寺五重塔は丸型をしているのみ)

副住職の説明によれば、寺院建築は江戸時代後期から明治にかけてが円熟期であり、本山寺の五重塔はまさにその時代に建てられたもので国内の最高技術が結集したもの、とのことでした。

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それから当時はなかった工法として、まず模型が造られたこと。
今では普通になっていますが、この頃にわざわざ模型を作って検討されていたことに驚きを感じました。
そして実物が本山寺に今なお残っていることも素晴らしいことだと感じました。


次回は五重塔「心柱」や明治の新工法についてです。




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