高野山で真田昌幸・幸村父子ゆかりの宿坊といえば「蓮華定院(れんげじょういん)」です。
北条早雲は高室院、上杉謙信が清浄心院、武田信玄が成慶院など戦国武将たちは領国の菩提寺と縁のある高野山の寺院を「檀縁(だんえん)」として宿坊契約を交わす中で、室町時代より宿坊を「蓮華定院」と定めていたのが信州真田家です。

そして西暦1600年に起きた関ヶ原の合戦で西軍に属していた真田家は、徳川家康率いる東軍に敗北。昌幸・幸村父子が身を寄せた場所がここ蓮華定院だったのです。

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六文銭の家紋の使用を許された宿坊は蓮華定院だけです。

蓮華定院は情報誌を見てもあまり情報が載っていません。理由はよくわかりませんがみなさんの目にふれるべきたくさんの見どころがります。今回はその建て屋内をアップします。

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山門をくぐると正面に玄関がありますが、正面玄関に着く前に目を左にやると、本堂が見えて来ます。
この本堂は萬延年間(江戸時代)に建てられた本堂です。




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気品あふれる玄関。


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玄関の左を見ると長い廊下がありますが、突き当りが本堂になります。




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廊下を渡っていると先ほどの本堂前のお庭が見えてきました。
庭(枯山水)には梵字のマークが。
このマークは住職自ら作庭。

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外国人にも分かり易いように配慮されています。
ちなみにスタッフのほとんどは英語が話せます。



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本堂前と宿坊に挟まれたメイン庭園。
この庭園は、真田親子もきっと見ていたのでしょう。


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こちらは、高野槇の庭園。
すばらしく趣があります。



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枯山水の庭園。


このように境内にはたくさんの庭園が配されています。
さすがに由緒ある院内でした。



次回は真田父子が利用したお部屋を中心に紹介します。




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