四国霊場第55番札所南光坊は今治市の中心街に位置しています。

市中心部にあるために南光坊は先の世界大戦での今治空襲により境内の建物のほとんどを焼失します。
先達の教本である先達教典には、「大師堂と金毘羅堂を残して罹災した」との記述がありますが、実はほかにも空襲を免れた建物が存在するのです。

55境内1

この建物は今ではお遍路さんの休憩所として、皆さんも見覚えがあるはずです。
これは寛政年間(1790年代)に建立された門です。
完成当時は客殿や庫裏につながる門として使用されていたとの見方が有力です。


55境内2

今でも客殿の前にある門。
取り壊されることなく、無事に今に至っています。
屋根に関しては葺き替えられていますので、外から見るとそんなに古い建物には見えないようです。
ただなぜ休憩所として使われている場所に、こんなに立派な建物が使われているのか?を不思議に思われたお遍路さんもいるのではないでしょうか。




55境内3-1

屋根部以外は当時のままの姿です。
次回にお参りの時は足を止めて、じっくりご覧ください。



55境内4-1


注目は建物の内側に張り付けられたこれらのお札です。
これは「護摩札」と言い、南光坊で行者さんが厳しい修行をした後に打ち付けるお札の事です。
真言宗の僧侶必須の修行「四度加行」を終えた証しだ、とご住職からお聞きしました。

お札の内容は「護摩供を21座成し終えた」という趣意が書かれています。
これら古いお札は江戸中期のもの(愛媛県の調査で判明)も残っているとの事でした。


先を急ぎがちなお遍路さんですが、お参りの際はぜひ門の内外を見る機会を作ってみてください。





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