前回の続きです。

三坂峠から旧土佐海道の山道をくだって来た一行は坂本屋でお昼休憩です。
それぞれが持参したお弁当を食べながら、わたしは時間があったので坂本屋の2階に上がりました。

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2階からの景色は1階とはまるで違うすばらしい景色です。
昔のお遍路さんが見ただろう風景と同じ風景を楽しみます。

坂本屋のスタッフの方(運営幹部)とは面識があり、いろいろ話込んでいるうちに、坂本屋に江戸時代の遍路が残して行った「納め札」があるとお聞きし、それを今から「虫干し」するという情報をキャッチ!
厚かましいお願いながら、その納め札をカメラに納めることを許可していただきました。
(普段は納め札は見る事はできません)



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嘉永年間の納め札です。
周防の国=今の山口県ですね!
納め札の書の配置や文言は今の納め札とほとんど変わりがありません。

あと右端にある小さい納め札はどうやら版木を使用した納め札のようです。
(一枚ずつすべてを書く手間がない納め札が昔からあったことは驚きです)

納め札は本来ならもっとあったらしいとお聞きしました。
100年前に今の建物を建てる際に、昔の納め札を処分した?のが少々惜しい気がしました。


坂本屋をあとに、今から大黒座までの間のゴミを拾いながらへんろ道を歩きます。


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網掛け石。
三坂峠で道行く人の障害となっていた二つの巨石。弘法大師が村人にカズラで大きな網を作らせ石にかぶせると、てんびん棒の両端につるして運び始めた。ところが重さに耐えかねて棒が折れ、一つの石は川底に、もう一つはこの遍路道に転げ落ちた-という伝説の岩。岩の表面には網目の跡が今でも残っています。


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坂本屋から5キロ地点が久谷地区です。

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大黒(だいこく)座。
遍路道に面して建っている大黒座は、大正時代に建てられたもので元は酒蔵だったそう。戦後、酒造りの土蔵を芝居小屋に改装し、地域の娯楽拠点だったようです。建物内部は大きな梁が何本も架けられ、伝統的な土の塗り壁に囲まれた建物でした。旧遍路宿の坂本屋とほぼ同年代に建てられている大黒座は2006年に地域住民の手により改修され、様々なイベントに利用される場所になっています。

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緞帳は大黒座のコーラス部メンバーが約1年かけて手作りした、綺麗なパッチワークです。


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今回は休憩を兼ねてここでミニコンサートのお接待がありました。
大黒座オーナーの松本先生は元々バリトンの名手。ピアノは松山で活躍中の越智もとみ先生。
ドイツ語で聴く曲は意味不明ながら、お二人のコラボレーションは最高でした。
(ちなみにピアノの越智先生はミズ・オンドアール(真珠大使)の肩書を持つえひめ美人でした)




46番浄瑠璃寺、47番八坂寺。
(写真がないのは、時間が無かったためです。他のウォーカーと違い、わたしはしっかりお経をあげてお参りしたので、結果的にアンカーの方をお待たせする格好になってしまいました)





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八坂寺を出て5分くらいにある標石。
えばら湖(土用部池)の土手下に、年号が記されているものでは、伊予最古(1685年)の道標とされましたが、最近はそれ以前の標石が新たに発見され、この標石は2番目に古いことが分かっています。



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無事に最終地点の常光寺に到着。
ここで初めて先発隊と合流。大会主催者の58番仙遊寺のご住職と副住職にご挨拶。

途中に8問ほどクイズがあり、それに全問正解するとゴール地点で豪華賞品が!
でも問題が難し過ぎて結局、全問正解者はゼロ。6問正解者からじゃんけんで商品が無事に手渡されました(笑)


わたしは今までいろんなウォーキング大会に出場しましたが、今回は途中にいろんな仕掛けがあったのがすごく新鮮でした。次回も楽しみながら遍路道ウォーキング大会を歩きたいと思います。この大会はおススメです!




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