地蔵院から閼伽井の旧跡を経由してしばらく歩くと「金堂」が見えて来ました。

神護寺21
お四国では本堂。ここ神護寺では金堂。
この違いは何なのだろう?と思う人もいらっしゃると思いますが、ほとんど同じです。
ただ定義として金堂とはその寺のご本尊となる仏像がまつられているお堂であり、本堂とはその寺の中心的なお堂を指しています。古くから伝わる寺院の場合(法隆寺、東大寺、薬師寺など)、金堂はあっても本堂がない例が多いようですが、この時代の伽藍の中心はあくまで「仏舎利をまつった塔」であり、金堂とは純粋にご本尊を祀るお堂であったと思われます。
時代が進むにつれ、寺院では金堂=本堂であり、次第に「本堂」が主流になって来ます。珍しい例として、奈良・当麻寺のように金堂とは別に本堂がある場合もあります。


さてここ神護寺のご本尊は国宝・薬師如来立像です。
この日はラッキーな事に内陣まで入る事を許され、ご本尊を真上に見上げる事が出来ました。
端正なお顔立ち。
じっと慈悲深く正面を見つめるお顔は何と穏やかに見えることでしょうか。
美しいと思いました。

また金堂内の左側には「国宝・灌頂歴名(写し)」、右側には「国宝・源頼朝公肖像画(写し)」などの展示がありました。
ここで興味深いお話しを寺院関係者からお聞きする事が出来ました。
「灌頂歴名」とは神護寺において弘法大師空海が伝教大師最澄らに灌頂を授けた寺院であり、授けた人の名簿をまとめたメモ書き(自身の記録簿)のことを言います。
ただ弘法大師は単に自身用のメモ書きとして残しておいたため、それが後生大事に後世まで残されたことはご本人も「思いもしなかっただろうと‥」と。
ご自身はメモ書きのつもりなので、所々で誤字があり訂正書きを見る事が出来ます。

実はここから『弘法も筆の誤り』という諺が生まれたのです。



画像は青々としたモミジを金堂に映えるように撮りました。
11月になると真っ赤なモミジとなるのでしょうね!



神護寺22
金堂前の長い石段の頂上から見た風景です。
一番奥に見える建物が「毘沙門堂」。
実はこの毘沙門堂こそ昭和10年まで(新しく金堂が建てられるまで)は神護寺の金堂だったのです。

神護寺23
毘沙門堂の正面。
他の建物と違い風格があります。
(ちなみにこの毘沙門堂以前の金堂がどこにあったか?は聞けませんでした)


神護寺24
大師堂。
神護寺で一番古い建物であり桃山時代の創建。
屋根が檜皮葺なのはここだけです。

神護寺25
毘沙門堂から見た金堂。
参拝者の少ないのが気になります。
盛夏プラスお盆休みは、やはりここまで上ってくる参拝者は少ないという事でしょうね。

DSCF0539.jpg
明王堂。
実はここでご住職が今から「護摩供」法要を実施されるのです。
ラッキーな事にその法要に参加することが出来ました。
(その模様は次回にアップします)


神護寺26
おまけ画像。
参道の途中にあるお茶屋さん「硯石亭」。
帰り道にここでかき氷をいただきました。
画像は「宇治金時600円也」。マイウーのひと言に尽きる!!
他に「もみじ餅」「ぜんざい」の名物を勧められたのですが、あと2ヶ寺を参拝する時間を考えて遠慮しました。
ご主人曰く「ライトアップは絶景だからぜひ!」と言われていました。

高雄保勝会HP
ライトアップ情報はこちら。




次回は明王堂で実施された法要で判明したこと。
神護寺と「成田山新勝寺と歌舞伎の名門・市川家との関係」をひも解きます。

どうぞお楽しみに!





ランキングに参加中です。
記事をご覧のあと、お手数ですが下記の<遍路・巡礼>バナー1回押してください。

にほんブログ村 旅行ブログ 遍路・巡礼へ
にほんブログ村

ご協力ありがとうございました。













スポンサーサイト
Secret

TrackBackURL
→http://yn0716.blog.fc2.com/tb.php/226-eb4fc0b2