~四国八十八ヶ所の成立~

平成26年に四国霊場は開創1200年を迎えることはすでにご存知だと思います。
昨日の愛媛新聞記事に大変興味深い記述を見つけましたので今回はそれを紹介します。


愛媛大学名誉教授・内田九州男先生の研究によるものです。
四国霊場は弘法大師空海が生きていた時代は辺地(へち)修行はあったものの、「八十八の札所は決して定まっていなかった」と言い切り、中世でも状況は同じであって、いつ頃に八十八ヶ所の札所が定まったかは四国遍路の研究にとって重要なテーマでありながら、今なお謎に包まれている部分が多いと言っています。

四国八十八ヶ所の成立を探る上で重要な資料が一点あり、それは寛永8年(1631年)に出版された古浄瑠璃「せつきやうかるかや」に出てくる文面で「その数は八十八所とこそ聞こえたれ、さてこそ四国へんと八十八か所ハ申すなり」とあります。これが今知られている「八十八ヶ所」の言い方の最古の例だそうです。
記述にあるという事は、当然ながらこれ以前に成立しているはずですが、永正年間(1504年~21年)以降に庶民が遍路に参加した際に札所本堂の厨子などに書いたとされる多くの落書きの中に「八十八」の文字は一切出てこないそうです。
古浄瑠璃から100年以上遡って書かれた遍路の落書きに「八十八」の記述がない以上、その成立は寛永8年からそんなにさかのぼらないのではないか?と考えているとの事です。


切幡寺の幟端



さて我々先達が持っている「先達教典」の中にはこんな記述があります。
四国八十八ヶ所の「八十八」の数は何に基づいた限定数であるか?というものです。
様々な説がある中で霊場会としては、お釈迦様が説かれた「見惑の八十八使」という説法に基づいている、としています。
ただしその八十八がいつごろ成立したか?には触れられていません。

今後、さらなる研究が進む事によってこの謎が解き明かされる事を期待したいと思っております。




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