四国遍路では巡拝者の巡拝回数によって納め札の色分けがされています。
ただしこれは慣習であり強制でも何でもありません。
何回巡拝しても白いお札を利用されている遍路もたくさんいらっしゃいます。

色別納め札の慣習がいつごろの起源であるかの記録は残っていませんが、巡拝に対する畏敬の念や励み、あるいは自己啓発が背景になっているようです。

四国霊場会ではこのうち「金および銀札」の使用者に限り霊場会公認としてそれぞれ納め札を允可しています。
公認を受ける際は、それが証明できる納経帳などを札所住職に提示し、検閲承認を受けた後、寺院の推薦を受け霊場会本部で厳正なる審査を受け、パスした先達が交付を受けます。

公認銀札
(画像は住所と氏名を削除加工済みです)

画像のうち左側の納め札が霊場会公認の納め札です。一番下側に「四国八十八ヶ所霊場会」の印刷があります。
対して右側の納め札は霊場会の印刷がありません。これは霊場会「非公認」である証拠です。
銀札の允可が開始されたのは去年の夏ごろですから、未だに允可を受けていない先達は札所にお問い合わせください。わたしの場合もまだまだ市販の銀札(右側のお札)の在庫があるので、今はその在庫を使用中です。

金札だけでなく銀札の允可を霊場会が始めた背景は、一部の遍路が「区切り打ちでお遍路に行った回数を巡拝回数に加えていること」です。本来は八十八ヶ寺を一周する事が「一回ないし一巡(一周)」であります。公認制度を設ける事で銀札以上の社会的価値を高めることがその背景にあると思われます。
ただ錦札の公認制度は未だ検討中であります。
これらのお札の允可を受けた先達にはその規則の中に「他の人に与えて金品を要求しない」ように求めています。




残念な事ですが、札所では錦札や金札を他の遍路に売り付ける輩が存在します。
言葉巧みに遍路に言い寄り、錦札を集めたファイルを見せ「これきれいでしょ?5000円」「これ有名な先達さんの物だから6000円」とか言い始めます。
わたしも過去に高知の札所で売り付けられた経験があります。その話を黙って聞いた後に「よくわかりました。どなたの許可を得て販売しているのですか?これは違反行為です。これ以上続けるなら今から納経所に同行して住職とお話しをしていただく事になります」と言いました。
その女性の顔が青ざめていく表情が見て取れましたが「捨て台詞を吐いて」札所を走り去りました。
多分、この女性は別の札所でも同じ事をしているんだろうなぁと思うと悲しくなりました。

ここで言いたいのは、錦札を含めた納め札の売買は禁止である事です。
あの女性が存在するのは「買う人がいるから」です。
錦札の数が少なくて希少価値があるのはわかりますが、それを商売にするやり口は非道です。
「売る側の責任」は言うまでもなく「買う側の責任」も同時に問われる事を十分に考える必要があります。
お札をいただくのはご縁です。ご縁があり初めていただける物だと思います。

それから札所でお札入れの箱をガサガサかき回して錦札や金札を探す人がいます。
これも見苦しいので止めませんか?
霊場にお参りする人が納め箱に入れるのは「その人の願いや念が入っています」その念を持ち帰るのですか?
それなら直接、その人(先達)にお札をもらう事をお薦めします。

「失礼ですが、お持ちのお札を分けていただけませんか?」
これで「ダメ」という人はほとんどいないと思います。

納め札



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