頭襟(ときん)とは山伏がかぶる帽子のことです。
平たく言えば、額の上に乗っかっている丸いヤツのことです。

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写真のイケメンは、四国霊場第76番金倉寺の副住職さん。
彼が額に付けている黒いヤツを「頭襟」といいます。
頭襟は大日如来の五智の宝冠を表しているとされ、真上から見ると放射状に12等分されているように縫い目があります。山中で瘴気を防ぐ効果があるといわれたり、今では休憩する時にコップの役目をする時もあるとか。

その頭襟。
普通はプラスティック製であり、長時間付けていると角が頭に当たって痛いらしいのです。




先日、あるお寺で見せていただいたのは、ご住職が手作りで作った頭襟です。
しかも原材料は、手に入りにくい「神代木」を使った頭襟です。

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神代木とは、数百年から数千年前に噴火や地滑り等で地中に埋もれた半化石化した木材のこと。
通常、木材は土に埋もれると腐敗してしまいますが、粘土質の土に埋もれた場合木材が密閉されるので腐敗を免れることがあるため、その希少性から神代木と呼ばれるのです。一番の特徴は、天然木にはない独特の深みのある色合いです。


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今回は神代欅(ケヤキ)を使用した頭襟です。
製作日数は約2週間。
非常に木が堅いので、作り終えるとグッタリするとのこと(笑)

プラスティック製と比べて、自然の色をそのまま利用した風合いある仕上がりです。
額に装着しても全然痛くないのがいいですね!

でもなんかチョコレートケーキみたいに見えてしまいますよね(笑)


この頭襟ですが、ご住職のご厚意により希望者にお分けできることになりました。
ご興味のある方は、ブログメールフォームよりメッセージを送信してください。




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愛媛県大洲市。
四国八十八ヶ所霊場はないものの、別格霊場第八番札所永徳寺(十夜ヶ橋)がある地方都市です。
しかしこの十夜ヶ橋のすぐ近くに、一寸法師のモデルとなった「少彦名神社」があります。

少彦名命は道後温泉本館ヨコにある玉の石に足跡を残したほどの神様です。
その神様が亡くなり、埋葬されたのが大洲市大竹地区にある少彦名神社山頂です。

この神社は昭和初期までは隆盛でしたが、それ以降荒廃してしまいます。
近年になって地元の有志の手に寄り、調査が進むたびに「すばらしい遺産が残る神社」であることが分かって来ました。


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鳥居前に立つと、奥から気の流れがどんどん流れて来ます。
それは光のパワーです。


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「懸け造り」の参籠殿。
京都・清水寺や奈良・長谷寺に代表される懸け造りですが、この神社は「三方掛け」という特殊な建て方です。

荒廃した参籠殿は去年、世界危機遺産に認定され補助金により修復が可能になり、この3月7日に竣工式を迎えます。
見事によみがえった参籠殿です。
(これがヤブの中に荒廃した状態で発見されました)



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社殿脇にある道を山頂(300m)に登る参道らしき細い道があります。
それを登って行けば、途中に荒廃した中殿跡、さらに頂上に少彦名命を祀った祠があります。
(かなり急な上り坂になります)

それを登って行くと、この狛猪に会う事ができます。
狛猪は四国ではココだけであり、全国でも岡山や鹿児島など数軒でしか例がありません。



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頂上近くに通称「ハート池」があります。
その他、ストーンサークル跡、磐座などがあり、古代の祭祀跡が残っています。


神主さんはいませんので、説明は聞けません。
ただし光のパワーは境内の至る所で感じる事ができます。

お遍路さんの途中で時間に余裕のある方は立ち寄ってみてください。




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去年の11月に「世界にひとつだけの菅笠」というタイトルで試作品の菅笠をアップしました。
その後、菅笠に対する問い合わせが後を絶たず、この度、以前に加工をいただいた寺院住職のご厚意により、ご希望の方に対して、有料で菅笠をお分けする運びとなりました。


菅笠のブログ
(クリックできます)




菅笠のタイプは2種類です。

(1)五大明王タイプ

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正面から見た写真です。



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後ろ側から見た写真です。




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裏側の写真です。







(2)一般タイプ



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正面から見た写真です。



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裏側から見た写真です。
(白い紐は含みません)




光の加減により写真は赤味が強く出ていますが、
歩き遍路をした時にうしろ姿を撮った菅笠はこんな色をしています。普段はこんな感じに映ります。

歩き遍路1-1


すべて手作業なので、ご依頼を受けても1か月以上かかる可能性もあります。
サイズはそれぞれ(大)と(小)の2種類があります。
決して安価なものではありませんので、冷やかしの方はご遠慮ください。
価格は菅笠を含んだものであり、塗料を塗るだけの作業はお受けしません。

ご希望者は、『必ずブログメールフォームにてメッセージ』 をお願いします
下記のコメント欄に書く方は返信いたしません。
必ず本名と返信用メール先を明記してください。ハンドルネームの方は返信いたしません。

メッセージをいただければ詳細をお知らせしますが、失礼なメッセージをされる方にはお答えしません。
ご了承ください。


ではメッセージをお待ち申し上げます。



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四国霊場第45番札所岩屋寺 奥の院「逼割(せりわり)禅定」。
岩屋寺の中で最も危険な行場です。

行場には門が設置され、誰もが簡単に行ける場所ではありません。
門の鍵は納経所でお借りするわけですが、「この人は無理」とお寺が判断すれば鍵は借りれません。

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行場には、山門から三十六童子行場を抜けて行きます。
途中に44番札所大宝寺に抜ける遍路道と分かれ道があります。




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看板には「岩の裂け目を鎖とハシゴでよじ登り」とあります。
この看板だけを見ると、なんだか行きたくなくなってしまいますね(笑)

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この日は雨上がりの朝だったので、足元がツルツルすべる感じがありました。
鍵を借りる時に副住職は「お気をつけて」としか言ってくれませんでしたが…(笑)

ここまで来たら、気合しかありません!


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堅く閉ざされた門を開ける勇気が心の奥底から沸々と湧いて来ました。
すでにひとりで登る覚悟は出来ています!


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弘法大師や時宗の開祖・一遍上人もご修行された場所に自分も果敢に挑戦するわけです。
無事に戻って来れるように、それを念じて門の扉に掛かった鍵を開けることにしました。



次回は頂上の風景を紹介します。





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四国霊場第45番札所岩屋寺には有名な行場があります。
奥の院にあたる「せり割禅定」です。

そのせり割禅定に通じる参道も行場になっていて、三十六童子と明王をお参りしながら向かう事ができます。
三十六童子とは、不動明王が従えている童子のことで、不動明王の手足となって実務をします。
行場では一体一体の童子像が祀られ、参拝者はそれぞれの童子にお参りをします。

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山門脇にある看板。
ここから先は行場になります。


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44番札所大宝寺に繋がる遍路道でもあるので、山越えするお遍路さんはこの道を通るわけです。



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景色と同化しないように、童子の傍にはのぼり幟があります。
逆にコレがないと探しても見つからない可能性もあります(笑)

この童子はみなさんご存じの愛染明王。



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彗喜童子。
のぼり幟がないと周りの景色に完全に同化しています。



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さすが行場だけに岩峰伝いにお参りする行程もあります。
この日は雨上がりで足場が濡れていてツルツルすべっていました。

途中にせり割禅定の行場が見えたのですが、童子の参道は逆方向の登り道になっていました。





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最後に赤不動との対面です。
迫力あるお不動さんに圧倒されます。
せり割の行場は、この隣にあるわけです。

今から、せり割の行場にお参りするうえで守り本尊であるこの赤不動に行の無事をお祈りしました。





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四国八十八ヶ所霊場第45番札所岩屋寺。
歩き遍路であれ、クルマ遍路であれ駐車場から約20分ほど、自分の足で行かなければお参りできない札所です。それでもお遍路さんは自分なりに時間を掛けて参道を上って行きます。

わたしが下り参道(帰り道)で、駐車場から上ってくるお遍路さんに必ず聞かれる言葉があります。
「あとどれくらいですか?」
確率から言うと、山門付近で言われる事が多く、「あと2/3くらいですよ。まだまだです!」と返すと、ほとんどのお遍路さんは落胆したような表情をされますが、途中で止めることなくがんばって上って行かれます。

岩屋寺のご本尊は本堂の背後にあるお山全体を指します。弘法大師は木彫りの不動明王を本堂のご本尊、石彫りの不動明王を奥の院の岩窟に秘仏として安置し全山をご本尊の不動明王として護摩修法をなさいました。


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さて同寺の注目はベテランのお遍路さんでも見落とす仏様がいらっしゃるという事です。
本堂のすぐヨコにある木製のハシゴを登る岩窟はよく知られていますが、その上にある二つの岩窟(左側)に仏様がいるという事になります。





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阿弥陀如来立像
お寺ではいつの時代に安置されたものかの記録がなく(大火により焼失)詳細は不明ですが、江戸前期の僧・寂本(じゃくほん)の記した「四国遍路霊場記」に登場する立像です。望遠レンズなどを通して見ると、ふくよかなお顔立ちの凛々しい仏像であることがわかります。


しかしこの仏様が拝めるポイントは限られており、境内のどこからでも見えるものではありません!

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ひとつ目は、写真のように大師堂の屋根越しに見るポイントです。
大師堂付近でも見えますが、せり割禅定に向かう山門付近がよく見えると思います。


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ふたつ目は、鐘楼堂の付近です。
ここは副住職のおススメポイントで、「下から拝める角度がいい」そうです。
ただ全身が見える訳ではありませんので、わたしは大師堂越しに見るポイントがおススメです(笑)


お参りの際は、本堂・大師堂のほか、この阿弥陀様ともぜひご縁を結んでください。


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この辺りからでは全然見えませんが、本堂の後ろにそびえる岩峰が非常にきれいです!


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ニューヨークタイムズ紙が「2015年に行くべき場所 52選」の中に日本で唯一選ばれた四国。
その掲載写真と同じシーンを現場で撮ってみました(単なるマネです)!

NYT紙 世界で行くべき場所52選 記事
(クリックできます)

たまたまお遍路さんが通ったので(全然知らない方)、モデルになっていただきました。
NY紙は写真のプロですから、素人のわたしと単純に比較はできませんので悪しからず(笑)



岩屋寺はわたしが寄稿している旅行サイトで取材を兼ねてお参りさせていただきました。
副住職にはいろいろなお話しを伺う事ができましたので、続編として岩屋寺の情報をブログで更新します。
どうぞお楽しみに!





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四国霊場第55番札所南光坊は今治市の中心街に位置しています。

市中心部にあるために南光坊は先の世界大戦での今治空襲により境内の建物のほとんどを焼失します。
先達の教本である先達教典には、「大師堂と金毘羅堂を残して罹災した」との記述がありますが、実はほかにも空襲を免れた建物が存在するのです。

55境内1

この建物は今ではお遍路さんの休憩所として、皆さんも見覚えがあるはずです。
これは寛政年間(1790年代)に建立された門です。
完成当時は客殿や庫裏につながる門として使用されていたとの見方が有力です。


55境内2

今でも客殿の前にある門。
取り壊されることなく、無事に今に至っています。
屋根に関しては葺き替えられていますので、外から見るとそんなに古い建物には見えないようです。
ただなぜ休憩所として使われている場所に、こんなに立派な建物が使われているのか?を不思議に思われたお遍路さんもいるのではないでしょうか。




55境内3-1

屋根部以外は当時のままの姿です。
次回にお参りの時は足を止めて、じっくりご覧ください。



55境内4-1


注目は建物の内側に張り付けられたこれらのお札です。
これは「護摩札」と言い、南光坊で行者さんが厳しい修行をした後に打ち付けるお札の事です。
真言宗の僧侶必須の修行「四度加行」を終えた証しだ、とご住職からお聞きしました。

お札の内容は「護摩供を21座成し終えた」という趣意が書かれています。
これら古いお札は江戸中期のもの(愛媛県の調査で判明)も残っているとの事でした。


先を急ぎがちなお遍路さんですが、お参りの際はぜひ門の内外を見る機会を作ってみてください。





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