えひめ西条市は石鎚山系の地下水(伏流水)が豊富で市内のどこからでも自噴水が出る水都です。
特殊加工した鋼管をほんの20~30メートル掘り下げると天然水が湧きでることから「打ち抜き水」と呼ばれ、その数は2000ヶ所を有に超え、旧市内では未だに地下水を上水道として利用している世帯も多い特殊な地域です。

西条市内のうちぬきで有名なのは、JR西条駅下りプラットフォームにあるうちぬき。
電車の待ち時間に水筒やペットボトルの中に天然水を入れる人も少なくありません。

今回は港にある弘法大師ゆかりのうちぬきを紹介します。

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実はこの場所。
海の中にあります。

しかし清水は潮の満ち干きに関係なく湧き続けています。


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「その昔、弘法大師空海が四国巡錫の時、ある夏の日、路傍の石に座り休息しているところへ、老婆が飲み水を水桶に汲みたたえて帰ってきたそうで、大師は一杯の水を乞うて渇きをいやしたところ、この水は老婆がはるか遠方から組みとってきたことを後で知り、大師は錫杖の先で大地を強く突いてみると、清水がこんこんとして湧き出した…。」

これが西条港口の弘法水の始まりとされ、以来その場所には弘法大師が祀られるようになったとか。



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弘法水は地区のみなさんによって管理されています。


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弘法水を求めてみなさんがひっきり無しに来られるので写真がなかなか撮れませんでした(笑)

水を汲みに来る人、飲みに来る人はまずお大師様に参拝しましょう。
お大師様に感謝した後でお水の恩恵を受けてください。



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昔は自噴していたようですが、最近はポンプを使っているそうです。



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場所:愛媛県西条市樋之口456-12あたりです。
西条市の産業道路(県道13号線)樋之口交差点を海側に曲がり、突き当たりまで直進後に右折してまっすぐ直進。




おまけ。
弘法水から車で約10分のところに「嘉母(かも)神社」があります。

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ここのうちぬきは本当においしいと思いますので、ぜひ行ってみてください!
手水場から出るうちぬきにはたくさんの人が水を求めて遠方から来られています。




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前回の続きです。

三坂峠から旧土佐海道の山道をくだって来た一行は坂本屋でお昼休憩です。
それぞれが持参したお弁当を食べながら、わたしは時間があったので坂本屋の2階に上がりました。

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2階からの景色は1階とはまるで違うすばらしい景色です。
昔のお遍路さんが見ただろう風景と同じ風景を楽しみます。

坂本屋のスタッフの方(運営幹部)とは面識があり、いろいろ話込んでいるうちに、坂本屋に江戸時代の遍路が残して行った「納め札」があるとお聞きし、それを今から「虫干し」するという情報をキャッチ!
厚かましいお願いながら、その納め札をカメラに納めることを許可していただきました。
(普段は納め札は見る事はできません)



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嘉永年間の納め札です。
周防の国=今の山口県ですね!
納め札の書の配置や文言は今の納め札とほとんど変わりがありません。

あと右端にある小さい納め札はどうやら版木を使用した納め札のようです。
(一枚ずつすべてを書く手間がない納め札が昔からあったことは驚きです)

納め札は本来ならもっとあったらしいとお聞きしました。
100年前に今の建物を建てる際に、昔の納め札を処分した?のが少々惜しい気がしました。


坂本屋をあとに、今から大黒座までの間のゴミを拾いながらへんろ道を歩きます。


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網掛け石。
三坂峠で道行く人の障害となっていた二つの巨石。弘法大師が村人にカズラで大きな網を作らせ石にかぶせると、てんびん棒の両端につるして運び始めた。ところが重さに耐えかねて棒が折れ、一つの石は川底に、もう一つはこの遍路道に転げ落ちた-という伝説の岩。岩の表面には網目の跡が今でも残っています。


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坂本屋から5キロ地点が久谷地区です。

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大黒(だいこく)座。
遍路道に面して建っている大黒座は、大正時代に建てられたもので元は酒蔵だったそう。戦後、酒造りの土蔵を芝居小屋に改装し、地域の娯楽拠点だったようです。建物内部は大きな梁が何本も架けられ、伝統的な土の塗り壁に囲まれた建物でした。旧遍路宿の坂本屋とほぼ同年代に建てられている大黒座は2006年に地域住民の手により改修され、様々なイベントに利用される場所になっています。

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緞帳は大黒座のコーラス部メンバーが約1年かけて手作りした、綺麗なパッチワークです。


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今回は休憩を兼ねてここでミニコンサートのお接待がありました。
大黒座オーナーの松本先生は元々バリトンの名手。ピアノは松山で活躍中の越智もとみ先生。
ドイツ語で聴く曲は意味不明ながら、お二人のコラボレーションは最高でした。
(ちなみにピアノの越智先生はミズ・オンドアール(真珠大使)の肩書を持つえひめ美人でした)




46番浄瑠璃寺、47番八坂寺。
(写真がないのは、時間が無かったためです。他のウォーカーと違い、わたしはしっかりお経をあげてお参りしたので、結果的にアンカーの方をお待たせする格好になってしまいました)





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八坂寺を出て5分くらいにある標石。
えばら湖(土用部池)の土手下に、年号が記されているものでは、伊予最古(1685年)の道標とされましたが、最近はそれ以前の標石が新たに発見され、この標石は2番目に古いことが分かっています。



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無事に最終地点の常光寺に到着。
ここで初めて先発隊と合流。大会主催者の58番仙遊寺のご住職と副住職にご挨拶。

途中に8問ほどクイズがあり、それに全問正解するとゴール地点で豪華賞品が!
でも問題が難し過ぎて結局、全問正解者はゼロ。6問正解者からじゃんけんで商品が無事に手渡されました(笑)


わたしは今までいろんなウォーキング大会に出場しましたが、今回は途中にいろんな仕掛けがあったのがすごく新鮮でした。次回も楽しみながら遍路道ウォーキング大会を歩きたいと思います。この大会はおススメです!




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今月25日(日)に開催された第7回健康へんろ道体験クリーンウォーク in 三坂峠のイベントに参加しました。
昔ながらのへんろ道が残る久万高原三坂峠から遍路ゆかりの地である松山恵原地区まで(約15キロ)をゴミを拾いながら歩くイベントです。

天気は曇り時々晴れ。
歩くには最高の条件です。

総勢100名の参加者はそれぞれの思いを持ちながらの参加、わたしはへんろ道の掃除を兼ねた信仰です。
日ごろお世話になっているへんろ道。
少しでも恩返しができればとの思いです。

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松山市内からバスで三坂峠まで向かいます。
掃除は100名を3班に分けて、時間差で出発します。
(同じ所をゴミ拾いせず、地区を3ブロックに分けてゴミを拾います)




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えひめ久万高原町三坂峠から松山久谷地区を通る旧へんろ道は、かつて伊予と土佐を結んだ「土佐海道」であり、久万~松山間を一昼夜かけて荷物を運ぶ久万・明神馬子たちが行き交った交通の要衝でした。



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ここからへんろ道の始まりです。
この道を通るのは3回目かな!



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へんろ道を少し入ったところに待っていたのは、三坂馬子唄保存会の皆さんでした。
ここで披露された馬子唄は、この地に残る貴重な民謡であり、当時の馬子たちの心情を唄にしたもの。
馬子唄が伝承されているのは東日本で多く見られますが、西日本では珍しいそうです。

この唄は七七七五調の馬子唄です。
当時の三坂峠は悪路であり、馬子たちも大変苦労した難所だったようで、
歌詞にも、「むごいもんぞや 久万山馬子は 三坂夜出て 夜戻る」と表現されています。

そのナマ唄を聞けたことは大変感動でした。
ちなみに地元小学校では後世に伝承すべくこの馬子唄が授業で教えられるそうです。


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この道を昔の人々は歩いていたのですね!
わたしは過去に順打ちでしか歩いたことはありませんが、仮に逆打ちなら?を考えると当時の馬子の気持ちがきっとわかるのだろうと考えていましたが、出来るなら順打ちで利用したいものです(笑)


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三坂峠から歩く事約1時間半。
ゆっくりとしたペースです。
山道がアスファルト敷きの道になり、人里に下りてきたことがわかります。



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人里に下りた最初の建物が見えて来ます。
旧へんろ宿「坂本屋」。

この建物は築100年。
昔の遍路は、この場所で宿泊や休憩をしたところです。
今では週末のみ地元有志の方々がへんろ道を通るお遍路さんにお接待をされています。

また今回のような大きなイベントがある場合は事前に坂本屋スタッフに相談をしていれば人数分のお接待を受けることができます。ただし飛び込みで来る場合は対応が難しいとの事。お接待を受ける権利なんて存在しませんので、受ける側は接待する側の気持ちに立ってお接待をお受けしたいものです。


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普段はひっそりとした坂本屋。
イベントがあれば、宿の前はこんなにごった返します。
赤い法被を着た坂本屋のメンバーは笑顔で団体を受け入れてくださいます。
(トイレも1ヶ所あります)


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坂本屋名物「草餅」。
わたしがいただくのは2回目ですが、この草餅は本当に美味。
お一人1個のお接待ですが、残す人がいるなら自分が代わりに食べたいくらいです!(笑)



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田中麗奈さん主演のNHKお遍路ドラマ「歩く、歩く、歩く」の撮影舞台となった坂本屋。
ドラマに出てくるおばあちゃんは実在しますが、実際は新居浜に住んでいる方なのでこの場所にはいません。
しかしドラマ以降は、建物の中を見学したいお遍路さんが増えたようです。


わたしたちのグループは坂本屋での休憩以降、大黒座までの間をゴミ拾いをすることになります。
次回は坂本屋からゴール地点の恵原地区までをアップします。





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四国霊場第60番札所横峰寺に参拝に行く際、車で行かれる方が少しもったいないお寺の過ごし方をされているように感じます。今回はさらに感動できる場所を紹介します。

星ヶ森遥拝所」。
ここは横峰寺の奥の院であり、お大師様がご修行された場所です。

白雉二年(651年)役の行者(小角)がこの地より石鎚山を遙拝し蔵王権現を感得したとされる場所であり、弘法大師が42歳厄除けのための星祭りを厳修したとされる由緒ある霊跡です。


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霊跡に行くのは簡単です。
山門から距離にして約1.5㌔、歩いて約20~30分の距離にあります。
ただし、山門から遥拝所まですべて登りです

でも20分強の山登りを「どう考えるか?」です。
45番岩屋寺、71番弥谷寺を考えてみてください。
行程はほとんど同じです。
(帰りはずっと下り坂が続きます)


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弘法大師を祀る石の祠。
(**奥の院ご本尊:石鈇蔵王大権現)







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参拝した日は天気もよく、新緑の絶景「石鎚山」がきれいに見えました。
5月中旬というのに、まだ山頂付近には雪が残っていました。

中央の鳥居。
寛保2年(1742年)建立の鉄製鳥居。「かねの鳥居」とも言われます。

この鳥居は写真で見ると大きく見えますが、意外に小さいことが体感できると思います。




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石鎚山はこの角度から見ると、観音様が横たわっているように見えることで地元では有名です。



横峰寺の林道を車で走るには、高い通行料金を払わねばなりません。
せっかく通行料金を払うなら、ほんの1時間(往復)をこの絶景に時間を割いてもバチは当たりません!

先を急ぎたい気持ちは理解できます。
でもこんな絶景が待っているなら、お大師様のご修行された場所が目と鼻の先の距離にあるなら、行かない事のほうがもったいないと思いませんか?わたしがおススメする場所のひとつです。ぜひご利用ください。

なお帰りは、行きの道をそのまま戻らなくても、駐車場へ行く事もできます。




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四国霊場第60番札所横峰寺はシャクナゲの花が境内にいっぱい咲くことで有名です。
シーズンの土日になれば、車が大渋滞。
狭い林道も車の離合で大変な状況が続きます。

さて横峰寺のシャクナゲは例年、4月終わりごろから楽しめますが、去年の花は少し少なかったようで、今年は表年になるんじゃないか?という噂が去年からあったほどです。

すでに先達仲間からいろんな連絡を受けていたわたしはすでに今年が「当たり年」になっていることを知っていました。



<横峰寺の石楠花>

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山門を入ったところにも石楠花があります。
花の色も去年より濃い感じです。




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ここまで近づくと「ブ~ン」というハチの音があちこちから聞こえて来ます。
ハチ(クマバチ)の数は田んぼに咲く蓮華にいるミツバチの数に匹敵するくらいの量です。


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大師堂から撮影した石楠花。
お参りをせずに石楠花が目的の人たちもたくさんいます。







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境内のどこから撮れば一番見栄えがするか?を考えた結果は、みなさんと同じでした(笑)
見事な石楠花の群生です。

高野山の石楠花よりもすばらしい横峰寺の絶景をお参りを忘れてしばし味わいました!
来年は裏年かも知れませんが…。
(今年はすでに終了しています)

シーズンは4月下旬から5月10日くらいまでです。
(午前中に来ることをおススメします)




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5月9日(金)に四国霊場75番札所善通寺で実施された記念大法要は、先達だけでなく一般参加の方も数多くいました。
中には偶然その日に来られた人もいて、「良かった~」と何度も言っていた姿が印象に残っています。

さて参加した我々先達は、まず来場受付を西院(誕生院)の遍照閣前で済ませました。
前もって記載した来場者カードを持参しての受付でしたが、いざ行ってみると「先達だけでなく」一般の方を含め、誰でも受け付け可能であり、先達が授与された記念品と同じ物を受け取れていました。たしかに一般来場者の受付もありましたが、それは名ばかりで、来た人順に係り員が記念品を手渡しするだけで、「カードは結構です」なんて言われてしまいました(笑)

まぁすべての来場者にお渡しするのは反対ではありません。
ただ来場者のチェックなしに配るだけでは、後で数が足りない!なんて事があれば大変なことになるかも?と思いましたが、よくよく考えたらそれはわたしが心配することではありませんね…(笑)


スーパーでもらう白い袋の中に入っていた記念品をその場でチェックしました。
理由は「記念散華」が入っているかどうか?です。



<参加記念品>

記念品4-1

大法要の式次第。
なかなか凝ったパンフレットでした。
プログラムを見れば、どこで何が行われるか?が、ひと目で分かります。



記念品1-1

記念ピンバッジ(四国の地図を模っています)。
この造りは八坂寺さんで買えるオリジナル開創記念グッズと同じ仕様です。
多分(推測ですが)八坂寺さんが発注した業者が作成したんだろうとすぐに思いました。





記念品2-1

記念散華。
最初の印象は「大きいなぁ」。
わたしが見た今までの散華とは明らかに違う仕様です。

そこで先達仲間が「お練りの時と同じ散華ですかねぇ?」。
わたしはこの散華はお練りの時に撒かれる散華とは違うことを確信しました。
なぜなら、この黄色い散華には御大師様が描かれているし、こんな形なら撒くときに飛ばない!と感じたからです。散華を撒くときはなるべく大勢の人に行きわたるような形(遠くに飛ぶように)をしている必要があるはずです。



記念品3-1

お練りの時に撒かれた記念散華。
ハスの形を模った散華。やはり撒く散華はこんな形でなければ!と妙に納得(笑)
(左)善通寺で撒かれた記念散華
(右)去年に土佐部会が県民ホールで撒いた部会オリジナル散華



写真のようにそれぞれの記念品が2部ずつあるのは、記念法要が終わったあとに「余った記念品」を係員が出口付近で「いかがですか~?」とひとりひとりに手渡していたからです。実はたくさん作っていたんですね!

このように記念大法要に参加すると「その場でしか」いただけない記念品がもらえるというメリットがあります。平日開催ですが、参加できる方はぜひ参加してみてください。次の記念大法要は約10年先の弘法大師ご生誕記念です。





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1200キロの遍路道を歩いたお大師像を間近で撮影できました。
柔和なお顔が印象的です。

南無大師遍照金剛。




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前回の続きです。
御影堂で大法要を終えた後は金堂(本堂)に移動、柴燈(さいとう)護摩供が始まります。

柴燈護摩供…柴灯大護摩供は古くから伝わる秘法で、行者が信者の緒願を祈念した護摩札を護摩の火(不動明王の智慧の火)の中に入れ、けがれ、心の迷い、煩悩などを焼き清めて、ご加護をいただくことを言います。通常は火渡り行とセットになることが多いですが、今回は火渡り行は行われませんでした。

午前11時。
この分では午前中に終わりそうです。
全国から信者が参加しているので、午後から他の札所に移動するにはいい時間です。
(聞くところでは、この後、31番五台山竹林寺(文殊菩薩)のご開帳に行かれる先達が多かったようです)


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55番南光坊の住職を導師に一行が金堂のある東院に入って来ました。
(徒歩練行参加の先達は自由解散となり、護摩供会場に集まっています)

しかし面白いのは、住職さん達はわたしと目を合わそうとしない所です。
(多分、目が合うと笑ってしまいそうなのでしょう)


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甲山寺、地蔵寺、太山寺(総裁)の重鎮が列の最後を締めます。





<柴燈護摩供>


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護摩供を見学する際の注意点
風上に立つことが大事です。風下に立つと必ず火の粉が自分を襲ってきます!
わたしも過去に新調したジャンパーが見事に火の粉の餌食になり、小さな穴が2か所に開いてしまいました。


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護摩供の写真は何枚も撮るべきです。
あとで見ると、必ずお不動さんが写っています。
それは火、煙に関わらず写り込んでいます。この写真にもお不動さんが現れています。
(正面の雛壇には1200kmを歩いたお大師様の像が鎮座しています)


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風下に立つと、いくら場慣れしている住職でも熱さに耐えることは無理です。
火の勢いが強いほど、お不動さんが緒願をお聞き届けくださっていると思いますが…。


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火の勢いがおさまったタイミングでお札を投入します。
投入することでまた火の勢いが増します。

この間、不動明王のご真言が絶えることなく唱えられていました。

「これで記念大法要のすべてを終わります」というマイクにより、解散となりました。


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雛壇に飾られていたお大師様の木造は、護摩終了後に手前のテーブルに移動。
長蛇の列が自然に出来て、間近で手を合わせる信者が絶えませんでした。



四国霊場会では、100年のスパンでみると
1)50年ごとに霊場開創記念事業
2)50年ごとに弘法大師生誕記念事業
を展開しています。

要するに100年の間に4回の記念事業(大法要)が実施されるということです。

4回あれば、自分が生きているうちに1~2回は見れる計算になりますね!




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前回のつづきです。

善通寺御影堂前の回廊。
寺院お練りの最後部に1200㌔の遍路道を歩いたお大師像をひと目見ようと、たくさんの信者が整列して静かに見守っていたのですが、だれか一人がお大師様に近づくと、あとは堰を切ったようにみんながお大師さまに急接近。

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わたしも距離をとって遠くから望遠を使って撮影していたのですが、こんなになれば何ともなりません。
ただ至近距離から携帯でお大師様を撮っても、ガラスに反射してうまく撮れていないと思うのですが…。


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御影堂に到着した一行。
先に到着した200人の先達はすでに御影堂に入り、着座しています。
(徒歩練行参加の先達は堂内に入ることができ、席も確保されています)





<記念大法要>

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先達の間に出来た通路を通って、寺院、お大師様がご入堂されます。
右側に空いた扉から四国のテレビ局、新聞各社が集結しています。
(普段の堂内は撮影禁止ですが、これを見て撮影できると理解しました)

大法要のはじまりです。
八十八の寺院僧侶が一斉に読経を始めます。
わたしがいる位置は御影堂の賽銭箱の後方です。
すでに大勢の一般参詣の人たちでいっぱいですが、幸いなことに年配の方が多く、視界を遮るものはありません。これはラッキーのひと言でした!

手前から奥に伸びているヒモはお大師様と繋がっています。
参拝の時はこのヒモを持って、お大師様と直接繋がりながら緒願をお祈りできます。


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目の前に大きなテレビカメラがあります。
時折、担当者が目の前に現れて、テレビのはずなのにカメラを構えて撮っています。
それがわたしのシャッターチャンスと重なること重なること(笑)
撮り終えたら、さっさと座っていただきたい!


後方の年配の人から、
「おにいちゃん!背高いからわたしの携帯で堂内を撮って!」の要望に応えると、「私も!」「私も!」。
六人くらいから依頼を受け、快くご協力させていただきました(笑)




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徒歩練行参加の先達の錫杖。
こんなにたくさんの錫杖が集まることはまずありません!
わたしが撮っているのを見た何人かは同じことをしていらっしゃいました。


次回は金堂前で開催された「柴燈護摩供」に関してです。




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今年は四国霊場が開創されて1200年の記念する年にあたります。

5月9日(金)は、そのメイン事業である大法要が75番札所善通寺で開催されました。
平日であるにも関わらず、善通寺駐車場は朝7時の開門を合図に続々と他県ナンバーの車が押し寄せ、8時ごろには満車の状態(受付は9時)になり、遅れて到着した観光バスが駐車場に入れないなど混乱が発生しました。

わたしは多数の先達仲間が前日から善通寺周辺に来ていることを知っていたので、7時すぎには善通寺に到着。無事に駐車場に入ることができました。駐車場に到着するなり、先達仲間から「今、どこですか?」の電話が鳴り始めました!

受付まで時間を潰そうと考えていましたが、8時すぎには受付は始まっており、記念品をいただくことができましたが一般の参拝者にも同じ記念品が配られていたので、その場にいた人はラッキーだったはずです。また帰路でも余った記念品をスタッフが配っていたので、来場数に比べて発注数が多かったのだと思います。

霊場開創の大法要は50年毎に開催されます。
次は50年後。
わたしの年齢から考えると、次を見るのは難しそうなので(笑)、しっかり目に焼き付けることにしました。


<お練り行道>

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去年の2月4日に善通寺を出発した徒歩練行の一行は、この日に合わせて1200キロを結願しました。
9時半ごろに徒歩練行の一行を加えた寺院僧侶のお練行道がありました。


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御影堂前の回廊の両脇には行道をひと目見ようと多くの参拝者が列を作っています。
この日の徒歩練行に参加した先達は約200名。
200名の先達が持つ錫杖の「コツコツ」という心地よい音が回廊内に響き渡ります。


DSCF4340.jpg

先達のあとを寺院が練り歩きます。
先頭のお二人は徒歩練行を完歩した住職さんです。
本当にお疲れ様でした。


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続いて八十八の寺院住職が練り歩きます。
手に持っているのは五色の「記念散華」です。
画像中央のご住職は少しご機嫌がよろしくなかったようで…。


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記念散華が僧侶から撒かれました。
ただ当日は風が強く、画像右手に散華を投げても飛ばずに反対側に流される始末。
結局、撒くのを止めた住職に「この色の散華をください!」と群がる参拝者。

一枚もらえば十分のはず。
全色揃えたい気持ちは分かりますが、その分、もらえない人がいることを考えるべきです。
(少し見苦しい光景でした)


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列の最後は霊場会会長さんです。



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最後尾に1200キロを完歩した弘法大師像が歩きます。
出発した時よりもアメ色に変色したお大師様が凛として格好良かったです!
両脇で手を合わせる参拝者がたくさんいました。

このあと、一行は御影堂の堂内に入り、大法要が始まります。



次回は大法要の様子をアップします。





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善根宿「うたんぐら」とは、香川県の宇多津町にある格安で泊まれる宿の事です。
歩き遍路にとってはお財布に優しい宿であり、口コミで絶大な人気がある善根宿です。
1泊1000円で宿泊できる善根宿は館内設備も充実しており、おススメのお宿に間違いありません

女将さんとはお大師様のご縁を頂戴し、いろいろお話をお聞きする中で今回は許可をいただいて宿をブログにアップさせていただくことになりました。場所は78番郷照寺山門を出て徒歩5分の距離にあります。


うたんぐら1

78番札所を出て最初の交差点を右折(旧道)を歩く事約5分でこの看板が右手に見えます。
ただし宿泊者の入館は16時からが原則。
その前に到着しても、受け入れができない場合があります。
「ちょっとくらい早くてもいいか!」なんて考え方は「マナー違反」。
ホテルではありません!

泊めさせていただける事に感謝して、受け入れる側の気持ちに立って入館しましょう


うたんぐら5

玄関を上がって廊下を歩くと最初に通される部屋。
宿泊の皆さんと語れる広間は最大で10人は入れます。
(ここで朝食をいただくことになります)


うたんぐら3
その部屋から縁側を経てお庭があります。
昔は滝があり、水が流れていたようですが、今はお花畑になっています。

寝る時に水の流れる音が騒音にもなり得るので、わたしはない方がいいかも?(笑)





うたんぐら4

女性専用棟。
最大で5人は宿泊可能。
部屋にはうれしい網戸もあり、風通しは抜群です。戸締りもしっかりしています。
(連泊は原則禁止ですが、女性に関しては寛大?のようです)


うたんぐら6

男性専用棟。
最大で5~6人は宿泊可能。
男性の場合は泊まれれば問題ありませんね!(笑)
(いびきの問題はそれぞれが対処してください)


うたんぐら7

きれいに掃除されたお風呂。
一度に二人の入浴(シャワー)可能。
(冬場のみ湯船が使えます)

その他洗濯機が2台あり、無料で使えます。


「うたんぐら」公式HP
(クリックできます)




うたんぐら2

朝食は豪華です!
(その日によってメニューは違います)

ただし夕食はありませんので(電子レンジあり)、外食するなり弁当を持ち込んで施設内で食べるなり。
行列のできる讃岐うどん店「おか泉」が徒歩圏内です。
おか泉公式HP
(クリックできます)


自炊はできません。
キッチンは女将のプライベートスペースです。
お互いがマナーを守って行動しましょう。


1泊朝食付で1000円で泊まれる善根宿は多くの歩き遍路が泊まることで経営が成り立ちます。
女性の歩き遍路はココを拠点に足を伸ばすことも可能です。ぜひご利用ください。

予約は宿泊当日の15時までに必ず電話することが大事です。
予約せずにいきなり押し掛けるのはマナー違反です。
宿に予約の電話するのに5分も掛かりません。自分の都合ばかりを優先する人にはおススメしませんので他を探してください。


***「うたんぐら」は、歩き遍路向けのお宿であり、車遍路や一般旅行者向けの宿泊施設ではありません。




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四国徧禮(へんろ)道指南の在庫について
(再々掲載)

江戸時代に僧・真念が書いたこの指南本は、短期間で民衆に広まり「四国遍路」が大ブームになるきっかけを作った本です。今回、その指南本が限定200冊に限り、無料(ただし郵送料金は自己負担)で手に入ります


彼の遺した指南本は。今でも当時と同じ道(一部ですが)を歩くことができます。
ただその指南本は現代人の我々には難解でしたが、今回、読み下し文と解説がついた本が発行されました。

この本の限定数は、200冊で在庫は順調に消化されつつあります。
まだ在庫はあります(5月7日現在)ので、奮って応募してください。


真念遍路本-2


~入手方法~

PCビューでご覧ください。
携帯サイトをご利用の方は、PCビューに切り替えて見て下さい。
ご興味のある方は、わたしに直接メッセージを送ってください


PCビューの場合は、欄外の左にある「お問い合わせ」フォームから入力してください
コメント欄にメッセージを残す方がいますが、それにはお答えしません

「お問い合わせ」フォームからコメントを頂戴した方対象に応募方法をお知らせします。



コメントにはご自身の紹介となぜこの本が欲しいか?を書いて下さい。
ニックネームを名乗る方はお断りします。本名でお願いします。

「ただ記念に入手したい」などの理由だけでは応募方法は紹介しかねます。

わたしは応募先から「紹介して欲しい」と依頼を受けて紹介しています。
どうぞご理解とご協力をお願いいたします。



☆★2014年11月24日追記☆★
真念の遍路指南本の募集は、『2014年8月末を以って在庫終了』 しました。





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ご協力ありがとうございました。


















前回の続きです。

今治・大島准四国八十八ヶ所霊場は全長約63キロ。
健脚の方なら二日もあれば歩いて結願できる霊場です。


ただしこの霊場は本四国のように毎日開いている訳ではありません。
ご縁日は年間で三日間のみ。

ご縁日には、札所ごとにお接待所が設けられ、島民の方との会話を楽しめば、とても二日で廻り切れないことが分かってきます。島民にとってお遍路さんをおもてなしするのは昔から当たり前の風景であり、せっかく巡拝に来たなら先を急がず、島民の方とお話しをして楽しみたいものです。

わたしは結果的に去年から巡拝しながら、今年も結願できず、来年も廻ることになりそうです(笑)


さて、19番札所善福(ぜんふく)寺の続きです。
このお寺は住職の常住はないものの、立派な境内です。
そしてそれはお堂の中にも由緒ある仏像が祀られています。

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通称:貝殻地蔵
平安末期に京都で作られた地蔵菩薩立像です。
昔は村人が担いで海に入り、海水でお地蔵様を洗っていたことから貝殻地蔵と呼ばれるようになりました。
お地蔵様は他の如来像や菩薩像にくらべて「人に近い存在」であるからなんでしょうね。
平安末期に作られたものであることを当時の村人が知っていたかどうかは不明ですが…。

いずれにしても、京都で作られた像が愛媛・大島にあること自体がすばらしい!


DSCF3868.jpg

このお寺のご本尊は薬師如来。
秘仏とされ、次のご開帳は20年先(記憶が曖昧)だったように思います。



DSCF3871.jpg

「ほうきょういんとう」と読みます。
墓塔・供養塔などに使われる仏塔の一種で島四国には数多くの石塔が残されています。
今治・大島といえば、墓石に見られる「大島石」の原産地であり、昔から石が多く採取された所から今治地方全般は石文化が他の地域よりも発展した地域だと考えられています。


DSCF3877.jpg

石塔の裏側に嘉暦元年(1326年)7月と書かれた文字が見えます。
昭和29年3月に国の重要文化財に指定されました。


結局、このお寺ではいろいろお話を伺うことができた為にほぼ1時間を費やすことになりました(笑)
見どころ、聞きどころがたくさんあったお寺でした!





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ご協力ありがとうございました。


















「だるま夕日」に興味を持って、撮り始めたのが去年からの事。

でもどこで「それ」が撮影できるのか全く分かりません。

いろいろ探していくうちに何となく撮影できる位置がわかってきました!
蛇の道は蛇とはよく言ったものです(笑)



しかも瀬戸内側で撮影できる「だるま夕日」を追っかけているうちに、実は「だるま朝日」が撮れる事も判明!
早速、ポイントに今朝行く事にしました。


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当日の天気が晴れていても海面に面する空が曇っていては撮影は不可能です。
それは「だるま夕日」も同じことです。

要するに、現場に行ってみないと状況はわからない!という事です(笑)
灯台近辺は薄暗い感じの雲が掛かっていて、多分今朝はダメだろうと思っていました。




DSCF4297.jpg

それが島の横から「ポン!」って感じで、朝日が出て来てくれました!
てっきり灯台の方から出てくると思っていたので、少しびっくり&感動。




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「だるま」になっています。
初対面のだるま朝日に感動です。
今治でこんな風景が撮れるなんて夢のようです!



DSCF4307.jpg

欲を言えば、バックがもう少し晴れてくれれば良かったのですが全然OK!
家内を無理やり起こして同行させた甲斐がありました(笑)




DSCF4311.jpg

だるまの離合。
しっかりと瞬間を捉えます。



DSCF4315.jpg

晴れきった感じなら、もっとすばらしい景色になるはず。
期間限定のこの朝日をもうしばらく追っかけてみようと思っています。

でも朝が早すぎるのが…(笑)



わたしの地元、今治地方は「だるま朝日」と「だるま夕日」が撮影できる珍しい場所だったんですね!
ありがたや~。





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ご協力ありがとうございました。


















今治・大島准四国霊場巡拝でわたしが今回、一番行きたかったお寺が19番札所 善福寺(ぜんふくじ)。
島四国33番札所・高龍寺の鴨井住職から「ここのお地蔵さんは必見です」と勧められていたからです。

今治の地元FM放送局(ラヂオバリバリ78.9MHz)に出演中にも同様の話をご住職からお聞きしており、番組中から「このお寺には絶対に行ってみたい」と意を強くしていました。加えて18番札所の方からも「ぜひ見てください」と聞かされており、はやる気持ちを抑えてのお参りでした。

DSCF3860.jpg

お堂が多い島四国の中でも立派な構えのお寺でした。
はて?このお寺は住職がいないはずなのに…と思いながら境内に入ってみます。



DSCF3861.jpg

境内は広く、聞けば最近までご住職が住んでいたとの事でした。
ではなぜ住職が住むほどのお寺なのでしょうか?

実はこのお寺は重要文化財級のものがたくさんあったのです。
今回は中でも一番おススメのお地蔵さんについて紹介します。

元々、本堂にあたる中央のお堂に「そのお地蔵さん」はお祀りされていました。
ただお寺のご本尊は「薬師如来」。
そのご本尊の横に「お地蔵さん」はいました。

お地蔵さんは祭りのたびに村人たちが海に担いで行って、海水で手荒く洗われていたそうです。

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右側の建物が本堂。
立派な境内です。

DSCF3865.jpg

善福寺の本尊、薬師如来は奥地の薬師山に祀られていましたが、江戸時代に当地に移設。
その頃にお地蔵さんが横に移動されたか?は不明です。

いずれにしても脇仏の等身大地蔵菩薩(別名、貝殻地蔵)とともに海難よけ、交通安全の仏さまとして信仰されています。



DSCF3866.jpg

今、その貝殻地蔵は隣のお堂に移されてお堂の本尊としてお祀りされています。
貝殻地蔵は平安末期に京都で作られたお地蔵さんで、わざわざこの地に運ばれた歴史を持ちます。
当時、この地に実力者がいた証拠にもなります。

DSCF3862.jpg

ご縁日(3日間)は、お堂の中に入って間近でお参りすることができました。
優しいお顔立ちのお地蔵さんに感動したひとときでした。



次回はその他、このお寺に伝わる文化財に関してです。

  





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