昨晩はしまなみ海道(来島大橋)のライトアップに行って来ました。
53番円明寺から54番延命寺を歩いていると左手に見えてくる景色ですが、全景は糸山公園に行かないと見れません。
加えてライトアップは都会の橋と違って生態系に悪影響を及ぼすという観点から常時の点灯はありません。

来島大橋ライトアップカレンダー
(上の赤文字をクリックできます)


DSCF0117.jpg
この景色は糸山公園にある来島海峡展望館から撮った画像です。
昨日はクリスマスイブ。
都会なら間違いなくカップルがウヨウヨ居そうな場所。
わたし達家族が行った20:00ごろにはたった2組のカップルだけ…。
こんなでいいのか?(笑)


DSCF0126.jpg
展望台に上ってみました。
これは最上段に上がる手前の景色。
案の定、だ~れも居ません(苦笑)



DSCF0121.jpg
展望台の最上階の絶景。
逆に寒い暗い中をひとり(家族は車中)でいるのが少し怖かったような…。
夜空の満点の☆がきれいでした byひとり。


DSCF0128.jpg

糸山公園を後にして橋の前景が見える場所(海岸線)まで移動。
ライトアップが真珠のネックレスようにきれいに見えます。



マイカーやレンタカーで来ているお遍路さんはぜひライトアップを見てやってください!
ライトアップ日程は上段にあるHPをクリックすれば見る事ができます。
歩き遍路の方も今治港まで歩いて行けば、真珠のネックレスの橋を見る事ができます。






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四国霊場55番札所南光坊の納経所にて。

納経所には平田さんがいつもいらっしゃいます。
非常にお話し好きの平田さんは後ろにお遍路さんがいないと必ず話掛けて下さいます。
特に女性と外国人に話しかける確率は高いと思います(笑)

理由は「男性よりも女性、日本人よりも外国の人の方が四国遍路の勉強をよくしている」とのこと。
なかなか説得力のあるお言葉ですが、逆に言えば日本人の男性はレベルが低いってこと??(笑)
達筆で漢字のことをよくご存じなので、どこかの住職さんの法話を聴いているみたいです。

お話しをお聞きしたい人は「後ろに他のお遍路さんがいないタイミングで」声を掛けてください。
ちなみに歩き遍路さんならご存知だと思いますが、次の札所(56番)に行く途中の所々に「遍路道」と書いてある黄色の木札(道案内の印)があります。それは平田さんが書いたものだという事を覚えておいてください。


南光坊1

画像の右側には、箱に入った赤いお札を見る事ができます。
これが「霊場開創1200年記念の御影(おみえ)」です。
当初は画像右下にある普通の御影の隣に設置されていたのですが、わたしの方から「何枚も持ち出す遍路がいる可能性」を訴え、平田さんの手元に置くようにお願いしたのです。



記念御影3

いただいた記念御影(画像中央)。
鮮やかな真っ赤なお札です。
画像右側のカラー御影は別途1体200円で授与されます。

記念御影授与初日(12月15日)の07:20ごろ。
いただいた記念御影を早速Facebook にアップしたのですが、すでに何人もの他の先達が「他の札所の記念御影」の画像をたくさん載せていらっしゃいました。自分だけじゃなかったんですね~(笑)
南光坊さんの机をお借りして必死でアップしたのに…。



記念御影2

という事で、他の先達さんでもなかなかアップ出来ない事をしてみました!
画像上段は今回いただいた御影です。
それに平成10年授与の明石大橋開通記念御影と翌年授与のしまなみ海道開通記念の御影を合わせてみました。
合わせてみると、意外にきれいな画像を撮る事ができました。



記念御影の授与期間:平成25年12月15日~同27年05月31日まで
注意点:62番札所のみ記念御影の配布はありません。前後(61番ないし63番)の札所が代わりに授与します。





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四国霊場が開創されて来年で1200年目を迎えるにあたり、霊場会では今年度から様々な記念事業を展開中ですが、昨日から各札所では「記念スタンプ」と「記念御影」の授与が始まりました。

わたしは休日はいつものように早朝ウォーキングをしていますが、昨日はウォーキング中にふたご座流星群の流れ星の閃光をはっきりと北東の空に見る事ができて大変感動しました。これはなにかいい事があるぞ!ってね。


ウォーキングは7~8kmを目安に帰り道は55番南光坊にお参りして帰るいつものコース。
でも昨日は開創記念の納経をいただくために納経所に寄ってみました。

07:10ごろ、南光坊に到着。
すでにFacebookでは「52番はバス遍路でごった返している」とか「1番は誰が最初にお参りするか?」なんて言う情報が入って来ていて55番南光坊も同様に大勢のお遍路さんがいるだろうと覚悟していました。


しかし


境内はいつものように静まり返り、大阪ナンバーの車遍路1台があるのみでした。
ちょっと拍子抜けしましたが、納経所に向かいました。



南光坊1
「〇〇さんが今日一番乗りのお遍路さんですよ!」と55番納経所の名物・平田さん。
「最初だから手が震えるなぁ…」


で、おしゃべり好きな平田さんは次の遍路がなかなか来ないので、結局1時間も話込んでしまいました。
別に近所だし、次の札所に急ぐ訳でもないので、いろいろお話が出来てよかったです(笑)



南光坊2
この納経帳は以前から使用しているものです。
55番の記念スタンプは鮮やかな緑色でした。

「開創記念に合わせて作られた市販の納経帳」は記念スタンプを押す「位置」が特別にあるようですが、それ以外の納経帳はどこに押すのか?について、納経所では巡拝者の希望をお聞きくださるようでした。また21番のようにセルフサービスで「自由に押してください!」という札所もあるようです。

わたしの場合はスタンプはわざと右ページのしかも右端に押していただきました。
理由は12年後に「弘法大師ご遠忌1250年記念スタンプ」があると勝手に判断。
その時のためのスペースを今から空けておいたのです!

さっきの大阪ナンバーの先達さんは真っ赤な納経帳の上にそのままスタンプを押してもらっていましたが、札所によってはご朱印と同じ赤色のスタンプを押す所(9番など)があるので、それは「見えないだろうなぁ」と思ってしまいました。


南光坊3
札所ごとに独自のデザイン。
スタンプの色も55番の緑色をはじめ、紫、紺、赤など様々です。




ただ少し注意する必要がある札所が1か所あります。
それは62番です。
これもFacebookでいろいろ語られていますが、「記念スタンプはありますが、記念御影はない」というもの。
納経所の人は「聞いておりません」としか言わないようです。

今日、不審に思った同僚先達が霊場会に問い合わせたところ、
62番の記念御影は、前後の61番もしくは63番札所が62番に代わって授与します」という事です。

なにか釈然としません。
開創記念に合わせて巡拝するお遍路さんが来年は増える見込みがある中で、霊場会はそんな不思議な対応でいいのでしょうか?そもそも62番札所はそれでいいのでしょうか??
納経所の前には「八十八ヶ所とは関係ありません」という注意書きも見受けられる62番の対応には不信感でいっぱいです。住職とは聖職です。普段から人の道を説く住職が霊場会とどんな行き違いがあったのかは別として、世間一般に対してそんな対応でいいのですか?もっと大人の対応をして欲しいと強く希望します。




さて結局、南光坊で一番にお参りをして納経を受ける事ができたのは、今朝ほどの流れ星を見たからだったのでしょうか?平田さんにはニット製の帽子のお接待もいただきました。感謝。


記念の納経期間:平成25年12月15日~平成27年05月31日までです。




次回は記念御影&平田さんのお話しについてアップします。





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前回の続きです。

大洲には「少彦名神社」が二つ存在します。
ひとつ目は、ここ菅田町大竹地区にある神社。
ここは少彦名命のお墓(古墳)が山頂にあり、藩政時代は「入らずの山」として厳しく管理されていました。

もうひとつは、菅田町菅田地区にある神社です。
ここは少彦名命が滞在したとされる場所です。

同じ名前を持つ神社ですが、菅田地区にある少彦名神社は地元の方の篤い信仰で守られています。
大竹地区にある少彦名神社は歴史的背景もあり氏子が存在せず、近代に入り地元の有志がお守りしていました。


IMG_0948.jpg
神社の大鳥居前にある案内板です。
この案内板が見えたらここが「おすくな社中」が管理している神社であることが分かります。



さて参籠殿の前にある階段を上れば拝殿が見えてきます。
拝殿に繋がる石段は只ならぬ雰囲気を醸し出していて、なにかのパワーを感じます。
後から分かったことですが、カメラを通して見ると光のパワーだったのですね!

少彦名神社3

境内は風の音、鳥のさえずりなど自然の音しか聞こえてきません。
木々の緑がやさしく自分を包んでくれそうな感覚です。

IMG_0995.jpg
拝殿。
多くの人はこの拝殿を「本殿」と間違えてお参りをしてそのまま帰るそうです。
それもそのはず。神主さんは別の所にいるらしく誰の説明もないからです。
でも、、、ここは「拝殿」ですよ!


光のパワーはすばらしく、午前中にお参りすることをお勧めします。
しかし何だろう。
神様が自分の近くに降りて来られている…。そんな感覚があります。
しっかりお願いをしましょう!


参考までに。
神社はその昔、拝殿左側に整備された参道があり、そこから中殿、本殿へ続いていたそうです。
しかし昭和30年台を境に次第に管理する有志の数も減っていったとの事。
今の参道は、途中から「けもの道」に変わりますので仮に本殿を目指す場合は「山歩き」の準備なしに行かない方がいいでしょう。

(写真提供:おすくな社中)
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中殿。
拝殿から歩くこと約25分くらいで到着しますが、残念ながら崩壊しています。


(写真提供:おすくな社中)
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本殿(御陵)。
中殿から歩くこと約35分。
昔は円墳だったようで、祠はその上に整備されたようです。
参籠殿と同じように傷みは激しいとのこと。



(写真提供:おすくな社中)
狛猪
本殿の少し下ったところに珍しい「狛猪」があります。
ここも参道だったようですが、今ではけもの道に。



今回の危機遺産の選定は「参籠殿」だけですが、画像をご覧のように拝殿、中殿、本殿も激しく傷んでいます。
細々と維持管理しているだけでは崩壊の危険性も出てきたことから「おすくな社中」がすべてボランティアで立ち上がったと聞きます。

おすくな社中では少しでも賛同いただける方を募集しており、全国からの募金も受け付けています。
詳細はおすくな社中のホームページをご覧ください。


おすくな社中ホームページ
(赤文字をクリックすればHPを見れます)



保存活動はまだまだ道半ばであり、WMFから認定を受けなければ資金援助はないそうです。
日々の活動を評価されるまでに先に建物が崩壊する可能性も十分あり得るとのことでした。
今回の危機遺産選定事例は、貴重な文化遺産を残す道として新たな動きと言えますが、その活動にはそれに携わるボランティアの力や加えて一般市民の文化財に対する理解(協力)は欠かせないと痛感しました。


なお今回は使用画像は「おすくな社中」様から快くご提供を受けました。
ありがとうございました。







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歴史的な建築物や遺産の保存運動を推進する米ワールド・モニュメント財団(WMF)は、今年10月にニューヨークで記者会見し、2014年版「世界危機遺産リスト」の中に愛媛県大洲市の『少彦名(すくひこな)神社参籠殿』を選定。このニュースは愛媛新聞の記事で見ていたのですが、先日、念願の現場に行く事が出来ました。

少彦名神社10


WMFとはどんな組織?
ワールド・モニュメント財団(WMF/本部:ニューヨーク)は1965年に設立された非営利団体で危機遺産を「緊急に保存・修復などの措置が求められる文化遺産」と定義、保存や修復作業への助成も実施している世界規模の団体です。日本では過去に鞆の浦(広島)や京町家群(京都)も選定を受けています。
ここ少彦神社では歴史的に価値のある建築物を崩壊の危機から救うために地元有志の集まりである「おすくな社中」が中心となって財団に働きかけを実施。熱心な保存活動などが評価され、危機遺産に選定されました。

少彦名神社5

現場に到着してまず感じたのが「光のパワーがすごい!」ということです。
山の奥から感じる気のパワーの強さに圧倒されます。


少彦名神社6
「下宮」とあるのは、実は「本殿」が山頂近くにあり、そこまで行けない人のため(本殿までの参道は荒廃していてもはやけもの道になっています)に作られたものと理解しました。


少彦名神社9
大鳥居から約5分上ると「参籠殿」が見えてきました。
ここがWMFに選定された建物ですが、修復のためにすでに屋根瓦は除去されていました。
ここの神社は氏子を持ちません。
それは藩政時代に藩命により、山頂にある「少彦名命」の古墳の存在が伏せられ「入らずの山」とされていたから。なぜ「入らずの山」とされていたのか?をはっきり証明する資料は未だ見つかっていません。

氏子を持たない神社は近代になってオープンにされましたが、結局、氏子は今現在も存在せず地域の有志によって保存、修復作業が実施されています。往時だった昭和30年台までは参拝者は後を絶たず、盛況を極めましたが次第に神社は衰退、今現在に至っています。

懸け造りの参籠殿。
全国に120余りある「懸け造り」建築。代表例は清水寺(京都)、長谷寺(奈良)が挙げられますが、ここの参籠殿は93%以上が崖からせり出し「三方懸け造り」と呼ばれる珍しい建築方法です。
設計者は近くにある「臥龍山荘・不老庵(懸け造り建築)」の設計者と同じだというのが興味深いです。

1少彦名神社
参籠殿の中は床が抜けるほど荒れ果てています。

おすくな社中
ここ少彦名神社の修復保存活動をしているボランティア団体です。
ただ危機遺産に選定されたからすぐに財政援助がWMFから降りる訳ではなく、日々の活動が今後も評価され、認定を受けて初めて資金援助がされると言います。資金援助はまだまだ先の話であり、その援助を待っているうちに貴重な建物が崩壊する可能性も十分にあります。
いくら珍しく貴重な建築物でも「近代の建築」は文化財に指定されにくい現状があるのです。
上の赤い文字をクリックすれば社中のホームページが見れます


少彦名神社7
少彦名命(すくひこなのみこと)。
一寸法師のモデルになった神様は、常世(とこよ)の国から訪れた小さな神様で、大国主神(おおくにぬしのかみ)と協力して国作りをしたとされます。「風土記」や「万葉集」にも見え、穀霊・酒造りの神・医薬の神・温泉の神として信仰されています。愛媛の湯元・道後温泉は彼らによって発見され、道後温泉本館横の「玉の石」には少彦名命が残したとされるクボミを見ることができます。

画像は崖下から見上げた参籠殿の見事な足組です。
少彦名神社8
土台から木組み部分までかなりの傷みが目立ちます。
「おすくな社中」では募金活動を実施中です。
貴重な文化遺産を後世に伝えようとする団体の活動には頭が下がります。



次回は拝殿に向かう風景を書きたいと思います。




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11月に寄稿した大手旅行サイトの記事が自分的には満足のいく寄稿だったと勝手に思っているのですが、そこで取り上げた記事の情報をブログにアップします。
京都の紅葉と言えば、ほとんどの皆さんは北山(金閣寺近辺)や東山(清水寺近辺)、高雄(神護寺近辺)や嵐山を連想して旅行者は大挙してそこを目指します。
でもそれらはどこに行っても超満員。

わたしは京都洛西に住んで8年でしたが、いつも思っていた事があります。
それは西山にも紅葉の名勝があり、ゆっくりゆったり紅葉狩りができる!という事です。

まぁ見てやってください。


IMG_0630-2.jpg
西山にある浄土宗・光明寺。
ここは法然上人が最初に「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えて説法した由緒あるお寺。
阪急「長岡天神駅」からバスで15分くらいです。

取材に行ったのは11月中旬。
今年の京都の紅葉は遅れているらしく、この時点では緑が多い感じ(3部程度)でした。
山門を入ると街中の雑音がなくなりました。
約18000坪の広大な境内は静寂の中に包まれています。
(しかも人はあまり多くない)


IMG_0665-2.jpg

IMG_0669-2.jpg
境内の所々にきれいなモミジを見る事ができます!


最後に通る「紅葉参道」。
IMG_0671-2.jpg
ここは参道の両側から紅葉の枝が張り出していてまさに「紅葉のトンネル」。
圧巻です!


12月8日まで紅葉祭りをしていますので、機会がある方はぜひ!
元・地元のわたしのおススメです。



IMG_0620-2.jpg
帰り道にある京せんべいの専門店「小倉山荘・竹生の郷」。
山門から車で3分の距離にあります。
ここも押さえたいお店です!



総本山 光明寺
(ホームページにリンクしています)

小倉山荘 竹生の郷
(ホームページにリンクしています)



阪急「長岡天神」駅は特急停車駅です。
阪急河原町駅から約20分で行けます。
大阪うめだ駅から約30分です。





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